生命保険金の受取人は配偶者で良いか?
生命保険の加入は、相続対策では最初に検討される対策の一つです。なぜなら、生命保険金は相続人が取得した場合、一定金額まで非課税となるためです。効率的に納税資金を準備することができますし、非課税財産とすることで預貯金で置いておくよりも相続税も下がるというメリットがあります。しかし、受取人の選定にあたってはとりあえず配偶者とされていることが多く、相続対策という観点からは、もう少し深く考えていただいたほうが良いケースが多いのです。
今回のブログをお読みいただければ、相続対策として加入する場合の生命保険の受取人の選定やポイントを理解することができます。
1.生命保険受取人を配偶者とする問題点
生命保険金の受取人を選定するときに考えていただきたいのは、相続人お一人お一人の納税資金です。生命保険金を相続人が取得した場合、一定金額(500万円×法定相続人の数)まで相続税は課税されません(生命保険金等の非課税金額)。この制度は相続人であれば適用を受けることが可能ですので、相続人の受け取った生命保険金の合計額が上記非課税金額以下の場合、その生命保険金を取得した相続人は、相続税の負担なく資金を取得することができます。
配偶者については、取得した財産の合計が配偶者の法定相続分相当額か1億6千万円のいずれか大きい金額までは相続税はかからないという制度(配偶者の税額軽減)があります。この制度のおかげで、配偶者には相続税の納税の問題はあまり発生しないため、納税資金はそれほど必要とされません。
しかし、受取人をとりあえず配偶者とされていることで、納税資金を必要としない配偶者に非課税の資金(生命保険金)が集中し、納税資金を必要とする相続人に非課税の資金が届かないという問題が起こる可能性があるのです。そういった問題を避けるためにも、配偶者が生命保険金を受け取られるより、配偶者以外の後継者が生命保険金を受け取られる方が、後継者の納税負担を軽減でき、合理的といえます。また、配偶者が生命保険金を受け取られると、二次相続(配偶者の相続)の財産を大きくしていることになりますので、二次相続まで考えると配偶者以外の相続人が受取人であるほうが、相続税の負担も低くなります。
なお、生命保険金の非課税制度は、受取人が相続人である場合に限定されます。相続人でないお孫様等を受取人とした場合は、生命保険金の非課税の適用はなく、更に相続税の2割加算の適用がされるため、お孫様等を保険金の受取人とするのも注意が必要です。
2.生命保険のもう一つの側面
生命保険金は、相続税法では相続財産とみなしますが、預貯金のようにお亡くなりになった方が死亡直前まで所有していた財産ではありませんので、民法上の相続財産ではありません。従って、著しく不公平が生じる場合以外は、原則的に遺産分割の対象外の財産です。そのため、生命保険金は他の相続人の了解を得ることなく、保険契約に受取人と記載された人が自由に使うことができ、それを取得したことで財産の取得割合が高くなることも、遺産分割協議でその分減額されることもありません。
なお、上記の著しく不公平が生じる場合については、最高裁は平成16年10月29日判決で次のような判断基準を示しています。
「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が、到底是認することができないほどに著しいと評価すべき特段の事情が存する場合には、特別受益に準じて持戻しの対象となる」
つまり、このような著しく不公平が生じると裁判所に判断される場合以外は、生命保険金を相続財産に持ち戻して計算する必要はありませんので、納税資金や分割のための調整資金が必要な方を受取人に選定されるのが最も効果的であると考えられます。
3.生命保険金の受取人は誰が良いか?
例えば、相続人が配偶者と後継者の長男さんと遠方に住む長女さんである場合、誰を受取人にするのが良いのでしょうか?
まず、二次相続の相続税まで考えると、上記1の理由で配偶者が受取人となると二次相続時の財産が増加するため、生命保険の受取人は長男さんか長女さんのいずれかということになります。
ここからはどのような財産分割を考えておられるかに依ります。例えば、同居している長男さんも遠方にいる長女さんも同じ子供なのだから、平等が良いとお考えの場合は、生命保険契約を2本として、それぞれ受取人を長男さんのものと長女さんのものとしておけばよいと思います。
しかし、こういった事例では、大抵は同居している長男さんには不動産を中心に、遠方に住む長女さんには現金や処分しやすい不動産でとお考えのようです。
この場合の生命保険金の受取人は長男さんが最適でしょう。なぜなら、長男さんは不動産を多く引き継ぐため、多額の相続税納税資金が必要であると予想されるためです。
それならば、長女さんを生命保険金の受取人とすれば、遺産分割協議をせずに現金を受け取れるので良いのではというご相談をいただくことがあります。長女さんがそれで納得されて、遺産分割協議に応じていただければ良いのですが、生命保険金は原則的に相続財産とカウントしないので、生命保険金以外の財産で法定相続分や遺留分を主張された場合は、長男さんに相続してもらうつもりの不動産や預貯金を長女さんが相続するということも発生しかねません。
うちの子供たちに限ってそんな無茶なことはしないだろうと大半の方は考えられるのですが、そうでない場合の事例を多く見てきた立場から申し上げますと、法律的にできるだけモメないような形で財産を残しておかれるのが親としての責任とも考えられるのではないでしょうか?遺言を既に作成されている場合でも、ご存知の通り各相続人には遺留分という最低保証額がありますので、上記の例では長女さんは相続財産の8分の1を主張することが可能です。
例えば全体財産が2億円の場合、長女さんは2500万円の遺留分を主張できますが、もし生命保険金(1500万円と仮定)の受取人を長女さんとされている場合は、長女さんは合計4000万円の財産を取得することができます。しかも民法改正により、遺留分を金銭で請求することになりました。長女さんが遺留分侵害請求すれば、生命保険金とは別に2500万円の現金を長男さんは用意しなければならなくなります。
一方、受取人が長男さんであれば、もし長女さんが遺留分侵害請求しても、生命保険金の1500万円と残り1000万円を相続財産や長男さんご自身の財産から捻出すれば済みますので、かなり負担が違います。
4.まとめ
生命保険金の受取人は、一番納税の負担がかかる後継者とされることが良いでしょう。生命保険金だけお子様全員に平等にしても、他の財産が平等でない場合は、遺留分を考えると、後継者の負担を大きくする結果になりかねません。生命保険は後継者、後継者以外のお子様は預貯金や処分しやすい不動産とされると、相続税の非課税を活用することによる相続税対策、納税資金を確保する納税資金対策、もめないような財産分割対策のすべてを満たすことができます。
なお、この場合の生命保険の種類は終身保険を選択し、ご年齢やご健康状態に応じてトータルの負担の低いプランを選ばれると良いでしょう。